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七夕で知っておきたい豆知識!もともと短冊に書いていた願いとは?

JENNIE 編集部
2018年07月06日

年に一度だけ、想い人に逢うことを許されている織姫と彦星が、天の川を渡り再会する。そんなロマンチックな日、七夕。星に願いを託す夜。

では、七夕行事は日本ではいつの時代から始まったのでしょう?短冊に願い事を書くようになったのはいつから?知っているようで、意外と知らない七夕のお話です。

七夕は五節句のひとつ

七夕はもともと、五節句のひとつでした。節句とは、季節の変わり目、季節の節目となる日をいいます。

五節句にはほかに、
・1月7日の人日(じんじつ)
・3月3日の上巳(じょうし)
・5月5日の端午(たんご)
・9月9日の重陽(ちょうよう)
があります。

3月3日は桃の節句ともいわれています。みなさんご存知の、ひな祭りの日ですね。男の子の節句といわれる、端午の節句も馴染み深いのではないでしょうか。七夕はそんな節句のひとつだったのです。

七夕の起源とは?

七夕の起源には諸説ありますが、七夕は日本の神事の棚機(たなばた)と、織姫と彦星の伝説、奈良時代に中国から伝来した乞巧奠(きこうでん)という風習の3つが合わさったといわれています。

棚機は、いにしえの日本の禊ぎ行事です。神様に供えるための着物を乙女が織って、人々の穢れを払ったり、秋の豊作を祈ったりするというものでした。着物を織る時に使われていたのが、棚機(たなばた)という織り機。七夕と書いて「たなばた」と読むのは、この織り機からきているといわれています。

織姫と彦星のお話は、もとは中国で生まれ、日本に伝わったとされています。こと座のベガと、わし座のアルタイルが、旧暦の7月7日頃に天の川を挟んで最も輝いて見えることから、7月7日を一年に一度のめぐり逢いの日として七夕のお話が誕生しました。

乞巧奠は、中国で7月7日に行われる行事です。織姫にあやかって、機織りや裁縫がうまくなるように祈願する風習から誕生しました。

以上の3つが合わさって、平安時代に宮中の行事として七夕が行われるようになりました。

笹竹に願い事を書く風習は江戸時代から

平安時代に宮中行事から始まった七夕は、江戸時代に7月7日が五節句のひとつになると、庶民の間にも広まっていきました。笹竹に願い事を書く風習が始まったのも、江戸時代からとされています。

人々は裁縫や文章がうまくなるように、五色の短冊に願い事を書きました。その短冊を笹竹につるし、星に願いを込めました。当時は、習いごとの上達などを願うのが一般的でした。真っすぐに上を向いて育ち、冬でも緑を保つ生命力溢れる笹や竹は、古来より不思議な力を持つといわれてきました。

江戸時代の人たちは、神をも宿すといわれる神聖な笹竹に、願いを託したのでしょう。

七夕の節供はそうめん!?

節句には、節供と呼ばれるお供え物をします。七夕には古くからそうめんが供えられてきました。

平安時代、醍醐天皇の統治下では、そうめんの原型とされる索餅(さくへい)が旧暦7月7日に供え物とされたという記述が文書に残っています。そうめんを糸に見立てて、機織りなどの芸事が上手になるように、あるいは健康や恋の成就を願ってそうめんを食べたという説もあります。

このような日本古来の風習が広く知られるように、全国乾麺協同組合連合会は7月7日を「七夕・そうめんの日」としています。
暑い夏が始まる季節、天の川を眺めながら食べるそうめんは、格別かもしれません。

ーまとめー

小さい頃から毎年経験してきた七夕ですが、実は織姫と彦星のお話以外にも、いろいろな意味があったのだということを知っていただけたでしょうか?今年の七夕は、もともとの意味のように、仕事がうまくいくよう短冊を書いて、願い事をしてみるのもいいかもしれません。

たまにはゆっくり星空を見上げ、いにしえの時代や空の上の恋人たちに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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